
ー あーっと、ちょっと待って。今日はどこの帰りですか?
「桜の剪定(せんてい)と枝引きがようやく終わりました。昔から”桜切るバカ。梅切らぬバカ”というコトバを農家では使います」
ー そういうおバカさんが、そんなにいたということですか?
「桜は切ったら花が咲かない。梅は切らないとボーボーになって大変なことになる。これは事実です。しかし桜も剪定は必要です。枝を切ると、枝は伸びようとする性質があります。おそらく先端部分に伸長を抑制するホルモンがあるのだと思われます。
ー とかげのしっぽや蟹の爪と同じですね?
「未解明です。ここからが難しいのですが
①枝が伸びるということは、すなわち自分の体を育てようとする……段階(栄養成長)です。
しかし、
②花が咲くというのは、子孫を残そうとする……段階(生殖成長)です。
英語で言うとバーナリゼーション、日本語で、花芽分化(かがぶんか)と言いますね」
ー しかし博識ですね〜
「いやいや。大きくは①⇒②に移行することを言います。桜に関わらず、果樹は
①自分の体を育てる ことよりも、
②子孫を残す ことに木を持っていきたい。
だから桜はあまり切ってはいけないんです。
切ったらどんどん①自分の体を育てる方にいっちゃう。この手の話は長いので最後に一つだけ。
例えばネギは①と②のどちらでしょうか?」
ーひっかけで②と答えそうだから①
「はい、①です。②にいったら困る。ネギ坊主といって、あれはネギの花なんですが、
あぁなったらもう終わりです。子孫を残す方に行ったら、もう固くて体は食べられない。
だからネギは、なるべく②に行かないように、工夫して育てます。
ブロッコリーなんかは、あれは花ですから、②を食べているんです。
そうやって考えると、野菜のどの段階を食べているのか分かると同時に、
栄養価のことや、野菜のどの部分に栄養があるのか分かってきます」
ー 呼び止めておいてすいません。もう帰らないと奥さんに叱られるんじゃないですか(野菜のドラマを語らせると、無限だから……)